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          4号住民訴訟における弁護士報酬
                                  土橋哲人 2012/7/9
1、弁護士報酬
 一般の民事訴訟においては、訴訟に要した弁護士費用は、弁護士又は弁護士法人を依頼(契約)した本人が負担することが原則である(不法行為では損害として考慮される)。
 しかし、地方自治法(以下、「法」という)242条の2に定める住民訴訟は、原告である住民の個人的利益を守るための主観訴訟ではなく、住民が属する地方公共団体の利益を擁護するための民衆訴訟(行訴法5条)であるから、原告勝訴判決が確定した場合に弁護士費用を原告住民に負担させるのは適切ではない。
 そこで法は、原告住民が勝訴判決を得た場合に、弁護士に報酬を支払うべきときは、地方公共団体に対して「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」の支払を請求できるものと規定する(旧法242条の2第7項、新法12項)。
 しかし、弁護士報酬相当額を支払うべき地方公共団体と住民側弁護士との間で契約が存在しないこと、主観訴訟と異なり、民衆訴訟である住民訴訟に勝訴しても住民である依頼者に直接の経済的利益がもたらされるわけではないことから、法のいう「その報酬額の範囲内で相当と認められる額」とは何かが問題とされてきた。
 この点、法242条の2第1項4号の請求については、2012年の改正で大幅に変更されているので、以下では、まず、旧法下における「相当と認められる額」の学説と判例理論を概観し、次に4号改正後においてのそれを考察することにする。
2、旧法下における学説と判例理論
(1)学説
 2004年に廃止された旧弁護士報酬規定は、依頼者の経済的利益の額に一定率を乗じて算定するという方法をとっていた。しかし、専ら自己の利益を追及する民事訴訟とは異なり、住民訴訟においては算定の基礎となる経済的利益をどのように考えるかで争いがあり、①提訴手数料が算定不能とされることを理由に弁護士報酬も算定不能とするもの(算定不能説)、②確定判決における認容額または実際の回収額を基礎として算定するもの(認容額説)③総合的にどちらも考慮すべきであるとするもの(中間説)があった。
(2)最高裁平成21年4月23日判決
①「相当と認められる額」とは、旧4号住民訴訟において住民から訴訟委任を受けた弁護士が当該訴訟のために行った活動の対価として必要かつ十分な程度として社会通念上適性妥当と認められる額をいい、その具体的な額は、当該訴訟における事案の難易、弁護士が要した労力の程度及び時間、認容された額、判決の結果普通地方公共団体が回収した額、住民訴訟の性格その他諸般の事情を総合的に勘案して定められるべきものと解するのが相当である。
②...、「相当と認められる額」を定めるに当たっては、「認容額及び回収額」は重要な考慮要素となる。住民訴訟の目的、性質を考慮したとしても、一般的に、「認容額及び回収額」は従たる要素として他の要素に加味する程度にとどめるのが相当であるということはできない。
 以上のように判示し、弁護士報酬規程には一切言及していないことから、上記学説とは、その前提を異にする。様々な要素を総合考慮することを明らかにしたものである。
3、改正後の「相当と認められる額」
(1)改正前の4号訴訟は、個人としての地方公共団体の職員を被告として、地方公共団体に代位して行う請求に係る訴訟であったが、改正後の4号は、地方公共団体の執行機関を被告として、当該職員または当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償等の請求を行うことを求める訴訟となった。すなわち、「代位請求訴訟」から「義務付け訴訟」に再構成されたのである。
(2)「相当と認められる額
 まず、「義務付け訴訟」となったこと、認容額説や算定不能説は妥当な結論を導かないことがあること、報酬規程は2004年に廃止されたことから、新4号訴訟の下で2(1)に掲げる学説①②③は採用しえない。基本的には、判例の総合考慮説が妥当だと考える(判旨①部分)。
(3)「認容額及び回収額」(判旨②部分)
ア、問題は、上記最判の②「認容額及び回収額」が重要な考慮要素となるかである。すなわち、2012年改正は、旧法下における代位請求を、義務付けの訴え(1段目の訴訟)と義務に基づく請求(2段目の訴訟、法242条の3)に分離したものであると考えることができる。とするならば、理論的には、改正後は2段目の訴訟が終結してはじめて、旧4号下での「認容額及び回収額」が確定することになる。
 したがって、「認容額及び回収額」を重視すると、地方公共団体が支払うべき弁護士報酬が確定するのに時間がかかることになる。加えて、近時、「義務付け」訴訟において原告住民勝訴判決が確定した後、地方公共団体が債権放棄したり、2段目の訴訟で和解したりする事案も出てきている。
イ、この点、そもそも、認容額及び回収額が重要な考慮要素とされるのは、①一般的に、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る債権の額が巨額となればなるほど、当該訴訟における事案の難易、弁護士が要した労力の程度及び時間も相当なものになると考えられること、②巨額の違法な財務会計行為こそ是正されるべきであるから、弁護士に対するインセンティブ報酬として機能させる必要があること、③地方公共団体が受ける利益と、敗訴の危険を冒してまで違法行為を是正した原告住民や原告側弁護士の負担との衡平を測るため、にあると考えられる。
 ウ、そして、1段目の訴訟段階での訴訟告知(法242条の2第7項)によって、当該職員または当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に参加的効力(民訴46条、53条4項)が発生し、この参加的効力は2段目の訴訟に及ぶ(242条の3第4項)。
 したがって、参加的効力により、1段目の訴訟で確定された「請求すべき債権額」を、当該職員または当該行為若しくは怠る事実に係る相手方は争えなくなるので(水戸地裁平成21年10月28日)、「認容額」とは、1段目の訴訟で確定された、地方公共団体が「請求すべき債権額」を基準とすれば足りると考える。
エ、他方、「回収額」については、議会の議決による債権放棄や2段階目の訴訟での和解など、一応適法な手続を踏んだとしても(認められるかは議論が分かれる)、そのことで弁護士報酬額が減額されるとするのは妥当でない。地方公共団体の真摯かつ適正な財務会計上の行為を担保するためにも、「回収額」とは、当該職員または当該行為若しくは怠る事実に係る相手方の資産状況を勘案して「本来ならば(債権放棄や和解がなければ)回収しえた額」とするべきである。
(4)おわりに
 2002年改正によって、242条の2第1項から4号まですべての住民訴訟において弁護士報酬を請求できることになった。とりわけ4号訴訟においては、法律関係不存在確認の請求と原状回復・妨害排除の請求が除かれ、損害賠償と不当利得返還請求のみであるから、金銭評価はさほど難しくないだろう。
 弁護士報酬も結局は住民の負担だからといって、安易に安い弁護士報酬しか認めないのでは、監視機能の充実を図ろうとした地方自治法の改正の趣旨に反すると考える。
 濫訴を防ぐ必要があるのはもっともであるが、住民訴訟とは、敗訴の危険を冒してまで住民の全体の利益のために財務会計行為を是正するものであることも忘れてはならいだろう。
                                      以上。
参考文献
 松元英昭「新版逐条地方自治法第6次改定版」学陽書房2011年
 倉地康弘「時の判例」ジュリスト1389号
 園部逸夫「地方自治法講座、住民訴訟」ぎょうせい2002年
 阿部泰隆「住民訴訟における住民側弁護士の「勝訴」報酬の考え方(再論)」判例時報2062号

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