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      「神奈川県臨時特例企業税事件控訴審判決について」
                               土橋哲人 2012/7/9
◆事案
(1)法制度の概要
 地方税法は、地方税である法人事業税の課税に当たり、課税標準である所得の金額を計算する際、青色申告法人については、前年度以前の欠損金額は当該事業年度に繰り越して控除される定めになっていた(旧地方税法(以下「法」)72条の14第1項)。
 ところが、Y(神奈川県)は、平成13年に法4条3項の規定に基づく「道府県法定外普通税」として神奈川県臨時特例企業税条例(以下「本件条例」)を制定し、県内の資本金額が5億円以上の法人に対し、法人事業税において繰越控除される欠損金額に相当する所得の金額を課税標準とし、税率を原則3%(平成16年度からは2%)とする臨時特例企業税(以下「企業税」)を課した。
(2)請求
 そこで、本件条例に基づき企業税の課税対象となったXが、本件条例は法人事業税について欠損金額の繰越控除を定めた地方税法の規定を潜脱して課税するものであり違法・無効であるとして、Yに対し、企業税並びに過少申告加算税及び延滞金に相当する金額の誤納金としての還付と、その還付加算金の支払いとを求めた。(予備的請求については省略。)
(3)1審の判断
 本件条例は、地方税法の規定の趣旨に反し違法・無効であるとして、Xの請求を認容し、Yに対して、約19億円の支払いを命じた。Y控訴。
◆判旨(原判決取消し、請求棄却)
(1)地方公共団体の課税権
 課税条例が地方税法に違反するかどうかの判断は、法律が条例の上位に位置することを理由に、同法の定めを偏重するのではなく、同法の明文の規定に違反している場合を別とすれば、地方公共団体が憲法上の課税権を有していることにかんがみて、慎重に行うべきである。
(2)徳島市公安条例事件判決との関係
 条例が法律に違反するかどうかは、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。
 ここで「矛盾抵触」というのは、複雑な現代社会を規律する多様な法制度の下においては、複数の制度の趣旨や効果に違いがあるため、互いに他方の趣旨や効果を一定程度減殺する効果を生ずる場合があることは、避けられないものであることや、地方議会の制定した条例を法律に違反するがゆえに無効であるとするものであることを踏まえると、単に両者の規定の間に大きな差異があるとか、一方の目的や達成しようとする効果を他方が部分的に減殺する結果となることをいうのではなく、一方の目的や効果が他方によりその重要な部分において否定されてしまうことをいうものと解される。
本件では、地方税法の法人事業税に関する規定が、条例で他の税を創設して繰越控除欠損金額に相当する当期利益に課税することを許さないとしているかどうかの問題である。
 (3)地方税法による法定外普通税の位置づけ
 地方税法は、法定普通税と法定外普通税に優劣を定めていない。したがって、法定外普通税は、法定普通税について具体的に示された準則に従わなければならないというべき理由はない。また、地方税法は、法定外普通税の課税要件等について、準則を置かず、いわば白紙で地方公共団体に委ねるという立法態度を採っている。したがって、各道府県は、法定外普通税を裁量に基づいて制度設計することが、地方税法によって認められている。
(4)法定外普通税の新設等についての総務大臣の同意(法259〜261条)
 本件では、総務大臣は本件条例に同意し(法261条)、財務大臣は異議を唱えていないが(法260条2項)、これによって直ちに適法とされるわけではないものの、権限と専門知識を有する機関の判断として、当該法定外普通税の適法性の審査において参考とされるべき事情の1つとなる。
 (5)法人事業税と企業税  結局、問題は、企業税が法定外普通税の形を取りながら、それは形式だけであって、その実質は法人事業税の課税要件等を変更するものにほかならないということができるかどうかである。
 この点、確かに、企業税が課されることにより、法人事業税において欠損金の繰越控除を認めて税負担を軽減することにした地方税の目的および効果は、徹底されない結果を生ずることは否定し得ない。
 しかし、欠損金の繰越控除は、例外として外形標準課税を認めていることから(法72条の19)、全国一律に必ず実施されなければならない程強い要請とはいえない。また、企業税の税率が2〜3%にとどまることも考慮すれば、そのことから、直ちに地方税法の欠損金の繰越控除規定の目的及び効果を阻害するとまでいうことはできず、両税の間に矛盾抵触があるとはいえない。
(6)結論  以上により、本件条例は地方税法と矛盾抵触せず、「利益」に着目する企業税は法人事業税を補完する「別の税目」として併存し得る実質を有するものというべきである。
◆コメント
結論として控訴審判決に反対する。
(1)条例制定権の根拠、範囲
 憲法94条は自治体の権能のひとつとして、「法律の範囲内で条例を制定することができる」とし、自治立法権を明示している。他方、地方自治法14条1項も「法令に違反しない」範囲において地方自治法2条2項の事務に関して条例を制定することができると規定している。
 この点、法律による規制は必要にして十分なものであるから、法律と同一の目的をもって、条例で当該規制を強化することは認められないとの考え(法律先占論)がかつて支配的であり、法律規制の範囲内におさまる国民・事業者の活動は、法律がこれを許容・保障しているので、自治体の条例をもってこれを制限することは許されないとし、条例の制定領域を限定してきた。
 しかし、全国一律の規制だけでは、地域の特殊事情に起因する問題(代表的な例として公害問題)を解決することが困難であり、法律先占論で単純に法律と条例の関係を考えることは妥当でない。
 そこで、徳島市公安条例事件判決は、条例が法律に反し違法とされる判断枠組み(目的効果基準)を示した。なお、1審判決は、明示的に引用しているわけではないが、同判決の基準を念頭に置いて判示しているものと思われる。控訴審判決は、明示的に援用している。
 (2)徳島市公安条例事件判決の判断枠組み <第一レベル>条例が法律に違反するか否かは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容および効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決すべきである。 <第二レベル>例えば、(ⅰ)法律が規制していない事項について、法律による規制の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、条例で規制することは違法である。(ⅱ)特定事項についてこれを規制する法律と条例が併存する場合でも、(ア)法律と条例が別の目的に基づく規制を意図するものであり、条例の適用によって法律の規定が意図する目的・効果を何ら阻害することがないときや、(イ)法律と条例が同一の目的に出たものであっても、法律が必ずしもその規定によって全国一律に同一内容の規制を施す趣旨でないと解されるときは、その条例は法律に反しない。
 (3)徳島市公安条例事件判決の判断枠組みによる本件へのあてはめ
①、1審判決は、法人事業税と企業税は表裏一体で目的を同じくするもの(イ)と解したので、欠損金額の繰越控除を認めた地方税法所定の法人事業税の課税標準の規定は、全国一律に適用される趣旨か否かを検討し、これを肯定して、企業税条例が違法と判断している。
②、他方、控訴審判決は、法人事業税と企業税は目的を異にするもの(ア)と判断している。その場合、「条例の適用によって国の法令の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないか」が条例の違法性判断基準になる。ところが、控訴審判決は、「重要な部分において否定されてしまうか否か」という独自の基準に置き換えている。
③、この点につき、<第二レベル>は、法律と条例の矛盾抵触を判断する際の例示として示されたにすぎないと読むこともできる。すなわち、法律と条例が別の目的に出たとされる場合であっても、何らかの形で法律の規定が意図する目的・効果を阻害するときは即違法となるのではなく、ただ、「何ら阻害することがないとき」は矛盾抵触がないから適法というにとどまると解するのである。
 たしかに、条例が法律を「一定程度減殺する効果を生ずる場合があることは避けられない」とする部分は首肯せざるを得ず、<第二レベル>の基準は柔軟に適用すべきである。
④、すると、結局、矛盾抵触の判断は、地方税法は本件条例による企業税を禁止していると解すべきか否かで判断することになる。
 この点、地方税法は、欠損金の繰越控除は納税者の意思にかかわらず必ず行われなければならないとしたうえで、唯一の例外として外形標準課税を定めていると解される。したがって、この例外に該当しない場合には、原則通り、必要的に欠損金繰越控除がされるべきである。そして、この原則の実行性を担保するためには、法定外税であっても欠損金の繰越控除を遮断することはできないと解釈すべきである。とするならば、法定税の準則が法定外税に及ぶかという一般論は、本件にとっては無用である。
そして、法人事業税においては、欠損金の繰越控除制度は、繰越欠損金額が大きくなるほど納税者の租税負担を軽減するのに対し、企業税においては、逆に繰越欠損金額が大きくなるほど納税者の租税負担が増大し、欠損金の繰越控除制度が正反対の機能を持つことになる。つまり、企業税の本質は、欠損金繰越控除の遮断であると解されるのであって、地方税法と本件条例は矛盾抵触関係にあると言わざるを得ない。
⑤、企業税の課税標準が「利益」であること強調する控訴審判決の真意は、企業税条例が独自の意義と効果を有することを示すことにあると考えられるが、徳島市公安条例事件判決は、条例における規制がそれ自体としての特別の意義と効果を有し合理性が肯定される場合であっても、法律との間に矛盾抵触があれば違法としているのである。
 (4)終わりに
 本事件は最高裁に継続しているが、仮にYの敗訴が確定すると、波及効果によって地方財政に相当の影響を与えるものであることから、地方分権・課税自主権を強調してX敗訴となるのではないかと考えている。
 しかし、地方財政の危機と言われる現在、安易な課税による住民への負担強化は、その場しのぎでしかない。たしかに立法論として、国と地方公共団体の関係における財政制度を見直す必要はあると思うが、あくまで最高裁は、このような立法論を混在させずに司法審査すべきであると考える。
                                        以上。
参考文献
 人見剛・須藤陽子「ホーンブック地方自治法」北樹出版2009年
 岩橋健定「分権時代の条例制定権」ジュリスト1396号
 宇賀克也「時の問題:法定外普通税条例の適法性」法学教室356号
 吉村雅穂・ジュリスト1404号
 高木光・平成22年度重判解説
 斎藤誠・平成21年度重判解説

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