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          「福岡高裁平成23年2月7日判決」
                               作成者 土橋哲人 2012/1/25
(1)法制度
まず、都道府県知事の許可(廃棄物処理法(以下、法)14条6項)を受けた者による産業廃棄物(以下、産廃)の処分は、「生活の保全及び公衆衛生の向上(法1条)」のために、「産廃処理基準(法12条1項)」に従って行われなければならない。
次いで、知事の監督権限につき、産廃処理基準に適合しない産廃処分が行われた場合において、生活環境の保全上支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められるとき、必要な限度において、当該処分を行った者等に対し、期限を定めて、その支障の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができる(措置命令、法19条の5第1項)。
そして、の場合において、法19条の8第1項各号のいずれかに該当すると認められるときは、都道府県知事は、自らその支障の除去等の措置の全部または一部を講ずることができるとされている(代執行)。
 (2)事案の概要
 訴外A産業は、Y県で平成15年4月から産廃処分場を操業してきた。本件処分場の南約30メートルの地点に川があり、その水や井戸水を周辺住民は生活用水・農業用水として利用している。
 本件は、本件処分場の周辺住民Xらが、「産廃処理基準に適合しない廃棄処分が行われ、生活環境の保全上支障が生じるおそれがある」と主張し、規制権限をもつY県に対して非申請型義務付け訴訟を提起した事案である。Xらは、主位的請求としてY県知事が支障除去の代執行することの義務付けを求め(上記1③)、予備的請求としてY県知事がAに対し、支障除去の措置命令を発出することの義務付けを求めた(上記1②)。
 (3)原審。福岡地裁平成20・2・25判決
 本件処分場からの放流水等の生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)及び浮遊物質量が排水基準を超過しているとしても、有機物による水質汚濁等のおそれがあるに過ぎないこと等から、現時点において、直ちに右Xらの生命、健康又は生活環境に係る著しい被害を生じさせるおそれがあると認めることはできない。
 したがって、いまだ義務付け訴訟の訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の2第1項・2項)があるとはいえないとして不適法却下した。Xら控訴。
 (4)本判決の要旨。
控訴審における鑑定嘱託の結果によると、「本件処分場内の地下には浸透水基準を大幅に超過した鉛を含有する水が浸透して」おり、「地下に浸透した鉛が地下水を汚染して本件処分場の外に流出する可能性は高い」。加えて、Xらの居住地に上水道は配備されておらず、Xらは井戸水を飲料水及び生活水として利用している。したがって、「鉛で汚染された地下水が控訴人らを含む本件処分場の周辺住民の生命、健康に損害を生じるおそれがあるものと認められ」、その損害は性質上回復が困難であるから「重大な損害」を生じるおそれがあるというべきである。
Aに対し、直接民事上の請求をすることによって、ある程度の権利救済を図ることが可能であるという場合でも、直ちにそのことだけで「他に適当な方法」(行訴法37条の2第1項)があるとはいえない。
主位的請求については、現時点では放流水等について緊急の危険性は認められず、まだAに支障除去の措置命令も出されていないから、法19条の8第1項各号に該当しない。
予備的請求については、都道府県知事は、生活環境を保全するため適時かつ適切に規制権限を行使すべきであるところ、(ⅰ)周辺住民の生命・健康に重大な損害を生ずるおそれがあり、(ⅱ)地下水汚染は遅くとも6年以上前から進行している(ⅲ)この損害を避けるためにほかに適当な方法がない、などの事情を総合すると、本件措置命令をしないことは、規制権限を定めた法の趣旨、目的や、その権限の性質に照らし、著しく合理性を欠くものであり、裁量の逸脱濫用(行訴法37条の2第5項)である。予備的請求認容。
 検討
(5)本事件における争点
 本事件においては、まず、非申請型義務付け訴訟の訴訟要件として、「一定の処分」としての特定性(行訴法37条の2第1項)、原告適格(同3項・4項)、「重大な損害を生ずるおそれ」(同1項、同2項)、「損害を避けるため他に適当な方法がない」(同1項)が争われた。 そして、本案について、本件処分場において産廃処理基準に適合しない産廃の処分が行われ、生活環境の保全上支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められるか(法19条の5第1項)本件各処分につき義務付けの要件(行訴法37条の2第5項)が認められるか否か、が争われた。 このように争点が多岐にわたるため、原審・控訴審共に肯定した①②⑤につき割愛し、以下では、③④⑥の争点について検討してみたい。
 (6)争点③について
 この「重大な損害を生ずるおそれ」という要件は、当該処分について申請権を持たない者が原告となって処分をすることを求めるため、原告の被っている不利益が一定程度のレベルにあることを要求するものである。この要件につき、原審と控訴審で判断が分かれたのは、控訴審段階で裁判所の鑑定嘱託により鉛(体に蓄積され、中毒となる)汚染の新事実が判明したためであると考えられる。
 (7)争点③について
①Y県は、XらがA産業に対し民事訴訟を起こしうることを挙げ、本件では「他に適当な方法がないとき」の要件を満たさないと主張した。
 しかし、第三者に民事訴訟を起しうることを理由に非申請型義務付け訴訟を認めないとすれば、およそすべての非申請型義務付け訴訟は排斥されることになる。この補充性の要件は、個別法が損害回避方法を特定している場合を除いて、控訴審の判断(要旨4②)のように緩やかに解されるべきである。
②なお、控訴審は、「A産業は平成16年の仮処分決定により、本件処分場の操業ができなくなって経営が行き詰まっていると考えられ、民事訴訟の方法によっても損害を避けることができる具体的な可能性は認めがたい」ことも考慮している。
 (8)争点⑥について
①主位的請求としての代執行の義務付け
 事実上、A産業の経営状況からすると、仮に措置命令が出されてもA産業は適切に対応できず、法19条の8第1項にいう「(措置命令を受けた処分者が…)講ずる見込みがないとき」という代執行の要件を満たすとも考えられる。
 しかし、緊急の危険性がない以上、あくまで適切な措置を講ずべき第一義的な義務を負うのはA産業であるから、行政代執行はA産業への命令及びその不履行を前提とせざるを得ない。
②予備的請求としての措置命令の義務付け  行政庁の不作為は、作為義務が根拠法令から明らかである場合、又は、不作為が裁量逸脱濫用にあたる場合に違法となる(行訴法37条の2第5項)。本件控訴審は、改正後の行訴法の下で行政庁の不作為を裁量逸脱濫用と判断した初めての判決である。
 この点、控訴審は裁量逸脱濫用を判断するのに上記(4)④下線部のように判断していることから、国賠訴訟における裁量収縮論の4要件で判断したとも考えられる。
 しかし、義務付け訴訟においては、過去の違法を金銭で賠償するという国賠法とは目的が異なるので、国賠法上の過失責任主義から整理された裁量収縮論の4要件で判断すべきではない。
 したがって、控訴審判決の判断は、純粋に行政便宜主義の統制という観点から、法の趣旨、目的や、その権限の性質、具体的事情を考慮した結果、裁量の逸脱濫用が認められたと考えるべきである。
                                         以上。
参考文献
櫻井敬子=橋本博之「行政法(第2版)」
塩野宏「行政法(第5版)」

(追記)除染について
 2011年3月11日午後3時、僕は鹿児島空港で東京羽田行きの飛行機を待っていた。ターミナル内にある大型テレビで東北大地震の速報を聞いて衝撃を受けたのは記憶に新しい。
 現在、大地震に伴う復興のために、様々な人たちがそれぞれの分野において力を注いでいる。法曹を目指す私は、これからも続くと考えられる震災紛争において、将来、現地の人たちの法的救済の一助を担えれば幸いと考えている。
 原発事故に関して、行政やマスコミの報道に疑問を抱き、自らガイガーカウンターを持つ住民も少なくない。そこで、ホットスポットが発見されれば、放射性物質拡散につき責任のある者に除染を請求することになる。
 この点、放射性物質汚染対処特別措置法は国主導の除染を方向性として明示してはいるものの、同法の規定からすると、国の法的責任の裏返しとして定められたものとは解されない。
 しかし、原子力政策を推進してきた国には一定程度の責任があると考えるべきであり、その責任に基づく義務として除染を構成する必要がある。
 したがって、一定の場合(上記事件のように、行政リソースの配分が憲法・法律により制約されていると考えられる場合)に、除染又は東電に除染を命ずる義務を怠れば、不作為の違法と考えることができるから、その違法を是正するための除染請求の手続を充実させる必要性があるように思われる。

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